「整体院ピーク銀座|人間の身体を科学から考える研究シリーズ」
【整体師が身体を科学する②】
◆なぜ人間の身体は「触れる」という刺激に反応するのか?
人の身体に「触れる」。
整体師にとっては、毎日のように行っていることです。
しかし、よく考えてみると不思議ではないでしょうか。
皮膚に触れる。
筋肉を軽く押す。
関節をゆっくり動かす。
すると私たちは、「触られた」「押された」「動かされた」と感じます。
さらに、その刺激に対して筋肉の活動や身体の動きが変化することもあります。
では、人間の身体はどのようにして「触れられた」ことを知っているのでしょうか?
前回の「整体師が身体を科学する①」では、
量子力学 → 原子・分子 → 細胞 → 神経・筋肉 → 人間の身体
という階層をたどりました。
今回はそこから整体の世界へもう一歩近づき、
「触れる」という物理的な刺激が、どのように身体の情報へ変換されるのか?
を考えてみたいと思います。
私たちの身体は常に「力」を感じている
私たちの身体には、一日中さまざまな力が加わっています。
立っていれば重力を受けます。
歩けば足の裏に地面からの力が加わります。
服を着れば皮膚に布が触れます。
椅子に座れば、お尻や背中に圧力が加わります。
そして整体で身体に触れることも、身体にとっては一種の「物理的刺激」です。
しかし、人間の身体は単なる物体ではありません。
ここが非常に面白いところです。
身体は、外から加わった刺激を「情報」として受け取る仕組みを持っています。

「触った」という力が神経の信号に変わる
皮膚には、触れる、押される、振動する、皮膚が伸びるといった機械的な変化を感知する仕組みがあります。
皮膚に指が触れれば、その部分にはわずかな変形が起こります。
その機械的な刺激を感覚神経の末端などが受け取ります。
そして物理的な刺激は、神経系が扱える電気的な信号へと変換されます。
大まかに表すと、
触れる・押す
↓
皮膚や組織が変形する
↓
機械刺激を感知する仕組みが働く
↓
神経の電気信号へ変換される
↓
末梢神経を通って中枢神経系へ伝わる
という流れです。
つまり、整体師の手が直接「脳」や「神経を操作している」のではありません。
身体自身が刺激を感知し、それを神経信号へ変換しているのです。
この違いは、とても重要だと思います。
身体には「センサー」が存在する
人間の皮膚には、機械的な刺激に反応するさまざまな感覚受容の仕組みがあります。
たとえば、持続的な圧力、細かな触覚、皮膚の動き、振動など、それぞれ異なる特徴の刺激を捉えています。
さらに身体が感じているのは、皮膚への接触だけではありません。
筋肉や腱、関節などからも、
「筋肉がどのくらい伸びているのか」
「関節がどの位置にあるのか」
「身体がどちらへ動いているのか」
といった情報が神経系へ送られています。
これを固有感覚(proprioception)と呼びます。
目を閉じていても、自分の腕が上にあるのか下にあるのか、おおよそ分かるのは、この仕組みがあるからです。
私たちは意識していない間にも、身体中から膨大な情報を受け取っているのです。
注目される「PIEZO」という仕組み
ここで、近年の研究で重要になっているものの一つを紹介します。
PIEZO(ピエゾ)チャネルです。
PIEZO1やPIEZO2と呼ばれるタンパク質は、細胞膜に存在する機械刺激に応答するイオンチャネルとして知られています。
特にPIEZO2は、触覚や固有感覚など、人間が機械的な刺激を感じる仕組みに重要な役割を持つことが分かってきました。
これは非常に興味深いことです。
外から加わった「力」が、身体の中では電気的・化学的な情報へ変換されていく。
つまり、
力 → 生体情報
という変換が身体の中で実際に起きているのです。
前回紹介した「メカノトランスダクション(機械刺激を生物学的な信号へ変換する仕組み)」の一例として考えることができます。
「触れる」は、そこで終わらない
触覚の情報は末梢神経を通って脊髄へ入り、さらに脳へ伝えられます。
脳では、その情報が単純に、
「触られました」
と記録されるだけではありません。
どこに触れられたのか。
どの程度の刺激なのか。
動いているのか。
危険な刺激なのか。
身体が今どの位置にあるのか。
過去の経験や周囲の状況など、さまざまな情報と統合されながら処理されます。
つまり私たちが感じている「触覚」は、皮膚だけで完結しているものではありません。
皮膚・感覚神経・脊髄・脳などが関わって生まれる感覚なのです。
同じ刺激でも「感じ方」が違うのはなぜ?
ここで、さらに面白い問題が出てきます。
同じ程度の力で触れても、
「気持ちいい」
と感じる人もいれば、
「痛い」
「くすぐったい」
「何も感じない」
と感じる人もいます。
さらに同じ人でも、その日の状態や身体の部位、刺激の与え方、予測や注意などによって感じ方が変わることがあります。
つまり、
身体に加わった物理的な力=その人が感じる刺激
ではありません。
刺激は神経系によって処理され、最終的に私たちの「感覚」として認識されます。
ここに、人間の身体を単純な機械として扱うことのできない面白さがあります。
強く押せば、それだけ身体が「整う」のだろうか?
これは整体師として、私が長年考えてきたテーマでもあります。
身体を変化させるためには、強い力が必要なのでしょうか?
強く揉む。
強く押す。
勢いをつけて動かす。
もちろん、目的によって必要とされる刺激の種類や強さは異なります。
しかし、刺激が神経系にとって「情報」であるなら、
力の大きさだけですべてが決まるわけではない
と考えることができます。
軽く触れることも刺激です。
ゆっくり動かすことも刺激です。
皮膚をわずかに動かすことも、身体にとっては感覚情報になり得ます。
大切なのは、
「どれだけ強い力を加えたか」だけではなく、「身体がその刺激をどう受け取ったか」
という視点ではないでしょうか。
私が強く揉まず、骨を鳴らすことを目的にしない理由
私は長年の施術の中で、強い刺激だけを頼りにする方法を取ってきませんでした。
強く揉むことや、骨を鳴らすこと自体を施術の目的にもしていません。
比較的小さな刺激を加えながら、身体がどのように反応するのかを見ていく。
その考え方を大切にしています。
ただし、ここで誤解していただきたくないことがあります。
「弱い刺激だから必ず良い」
「軽く触れるだけで病気が治る」
という話ではありません。
また、今回紹介している神経科学やメカノトランスダクションの研究が、特定の整体手技の有効性をそのまま証明しているわけでもありません。
科学的に分かっているのは、
人間の身体には機械的な刺激を感知し、それを神経信号や細胞内の情報へ変換する仕組みが存在する
ということです。
そこから先の「どのような施術が、どのような人に、どの程度有効なのか」は、別に検証していかなければなりません。
整体師の手が身体を変えるのではなく、身体が刺激に反応している
私は、この考え方がとても重要だと思っています。
施術者が外から身体を「直す」。
骨を正しい場所へ「戻す」。
筋肉を力で「変える」。
そう考えるよりも、
施術者が身体へ刺激を与え、その刺激を身体自身が感知し、神経系などを通して反応している
と考える方が、人間の身体の仕組みに近い部分があるのではないでしょうか。
施術者ができることは、身体に何らかの入力を与えること。
その入力に対してどのような反応が起こるのかを観察する。
私は長年の施術を通じて、この「入力と反応」という考え方を大切にしてきました。
「触れる」だけでも、身体の中では多くのことが起きている
今回の話をまとめてみましょう。
整体師が身体に触れる
↓
皮膚・筋肉などに機械的刺激が加わる
↓
感覚受容の仕組みが刺激を捉える
↓
物理的な刺激が神経信号へ変換される
↓
末梢神経から脊髄・脳へ情報が伝わる
↓
他の感覚情報や身体の状態と統合される
↓
感覚・運動などの反応につながる
私たちが普段何気なく使っている、
「触れる」
という行為。
その裏側では、非常に複雑な生体の情報処理が行われています。
整体を科学的に考えるのであれば、「どこを押すか」だけではなく、
「その刺激を人間の身体がどう感じ、どう処理しているのか」
という視点も必要なのではないでしょうか。
次回は「筋肉が硬い」とは何なのか?
マッサージや整体院では、
「肩の筋肉が硬いですね」
「首がガチガチですね」
という言葉を耳にすることがあります。
しかし、そもそも『筋肉が硬い』とは、身体の中で何が起きている状態なのでしょうか?
筋肉そのものが硬くなっているのでしょうか。
神経は関係しているのでしょうか。
血流は?
姿勢は?
痛みとの関係は?
次回「整体師が身体を科学する③」では、
「なぜ筋肉は硬くなるのか? 『こり』を筋肉と神経から考える」
をテーマに、さらに身体の中へ入っていきたいと思います。
経験だけで身体を語るのではなく、科学で分かっていることと、まだ分かっていないことを分けながら考える。
これからも「整体師が身体を科学する」シリーズで、人間の身体の不思議を一つずつ掘り下げていきます。
整体院ピーク銀座
院長 阿部淳一